その時、ガラリと扉があいて、河童のイケトさんが入ってきました。
「あっ、イケト・マッスグさんだ。」
 皆はすぐにイケトさんの方を見ました。
 イケトさんは、動物演芸界の有名な仕掛け人で、カラスのイナセマキ氏や、赤いトンガリテントの唐辛子劇団などの芝居をあちこちの森で手掛けていましたが、偉ぶったところがなく、動物望(人望)が厚く、しかも下淵沢の池の住人でした。河童イケトさんの罠にかかると人間の猟師までが自分の仕掛けた罠を悪いことだと思ってしまうほどですからたいしたものです。  イケトさんは、そうとう杏子酒を飲んで来ているらしく、そのことは頭のお皿が真っ赤なのでも判るのですが、とてもいい気分になっていましたから、
「オヤジ、劇団をやるんだってぇ。そりゃいい。応援するよ。」
 と、力強いことを言ってくれました。ワァーイと又、皆大喜びです。
「ところで、ケンタ君。劇場はもう押えたかい。」
 日頃から尊敬しているイケトさんにこう言われて、山犬のケンタはハッとしました。
「まだなんだろう。駄目じゃねぇか、すぐ押えなくては。もうどこも半年から一年も先に予約が埋まっているよ。もう腐るほどにトカイ山には劇団があるのだからねぇ、だから早くしなくては。今はね、企画より先に劇場を押えるってなぐらいだから、それからゆっくり企画を練れりゃいいじゃないか。」
 イケト・マッスグの名の通りの素早く切れの良い口調の指摘でした。
 そこで、劇場ドングリ費の方は、イケトさんが後で下淵沢広場劇場の支配人、山猫さんに交渉してくれることになり、とにかく劇場を押えようと言うことになりました。
 茶坊主役の若タヌキ、キッタン・ヨシジがその役目を明日にもすることが決まり、後はイケトさんを囲み、専門的な色々と忠告を聞きながら夜がふけましたが、イケトさんは最後に音楽は生演奏がいいだろうと言って、自分の事務所に所属する女河童弦楽四重奏団・プラス・アコーデオントリオを貸してくれることになりました。
「ロックン・ロートではもう駄目ですか?」若ガエルのアサケがリボンをふりふり聞きますと、
「ああ、それもうないよ。西洋の動物ロックン・ロートは今やキリンのオペレ歌手たちと組んで演奏会するくらいだからねえ。もう、芝居の音楽も生楽器になどによる古典の新生化時代だねえ。それにね、今店に流れてるこのレゲゲッゲ、これなんか古いね。」
 イケトさんはこう得意そうに言いきりました。  これを聞くと、キジ親父は又、カウンターの中でいびきをかいて寝てしまいました。
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