目次
1 架空のオペラ(1969年のノートから)
2  毒薬と狂気(1970年)
3 木蓮幻想
4 エレジイ 女へ(1971年)
5 雑記蝶
6 如来の華


雑記蝶
居酒屋発見
ビールの泡に、僕が映る。
どれもはじめは笑っているようだが、
次第にしかめ面、泣き虫。
しかし、良く見れば、
ビールの泡は茶色く浮いていて
まだ溶けずに電球を睨んでる。
 その百面相ほどに粉々になった、
僕の顔、顔、顔、
どんなに飲み干されても  白い泡はコップの底に、
こびりつき、又、顔を出す。
ああ、そんなしぶとさが、あったのだ。
そうだ、権力には顔を向けていろ。
そうすれば酔わされることもないのだよ。
 浮いているのは辛いことだが、
強いことなのだ。
飲み干されたって、
 僕の粉々になった顔は、 
今度は、トイレの中で、プカプカ浮かんでる。
ビールの泡を旨そうに、
 口先だけに泡立たせ、
飲み干す奴らの舌先へ、
今度は、僕が飛び込む番だ。

*
時代
憩うべき
安らぎの酒場  
そして 
戦慄と酩酊が  
不安を肴に  混じり逢う夜に  
音楽は眠るだろう
  
*
時代 2
詩人よ、
何ゆえに、 永遠の時の流れを忘れて
頭衝かれたウツボのように
臆病にも毒牙を隠し  佼かしく岩影から
深海の泥土を眺めやるか。
詩人よ、
お前の青い衣は  傷つきやすくとも、破れぬもの。
ウロウロ蠢く無数の目玉や
はや羽根を抜かれた小鳥の  群なす大樹によるな。

* 
葉 影  
梅雨のぬくもりが
ぼくの身体の芯をヒタヒタと
疲れの海に染めてゆく。
湿った木壁の、その下の
葉は暗緑色に塗り込まれ
陽のない空気の中に
それでも陰影を刻む。
あの暗がりの枝の中で
ジッと丸まって、
身体を浸して眠りたい。
時折りの雨の雫を
舌に流して、
只それのみを吸って
この緑の玉露に酔いながら。
ヒタヒタ過ぎる足音も
自転車や車の雑踏も
あの葉影の世界には届くまい。
そして、出来れば薄紫の紫陽花の
一輪ばかりを眺めながら
しばし、この脳髄を麻痺したい。
*
道化の歌

三日月と蝶
ある春の夜、
ゼンマイ仕掛の年老いた蝶が、
道端のバラの花の上で休んでいました。
そこへ、空から三日月様が降りてきました。
「ああ、もう随分疲れたでしょう。
この光の油を注いであげましょう。」
すると、喜びの笑いを得た蝶は、
白い道化師に生まれ変わりました。

*
虹のサーカス
虹の橋の向こうに、サーカス一座が見えてきました。
「ほら、ああして二人の道化師までが、皆に、その場所を教えているよ。」
「どこ、どこにもそんなサーカス小屋なんて見えないよ。」
「だからさ、本当に虹の橋を渡った人にしか見えないサーカスなんだよ。」

 
* 
流れ星
流星号に乗ったピエロが、
今、ちょうど金星ステーションの横を通過しました。
次の停車駅は、
あなたのチョッピリ淋しい夢の中です。

*
北斗七星

地球が水浸しになるのは、
十万光年に一回の宇宙の宴会で、
メドーサに酔ったオリオンが、
喉を潤す柄杓の水をこぼすとき。

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